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教育界ではデータよりも個人的体験を重視

統計学者がみた政策議論におけるエビデンスデータ不足の問題(1)

こんにちは、シャインです。

本日は「統計学が最強の学問である」の著者である統計学の西内氏と「学力の経済学」の著者である教育統計学の中室牧子氏の対談記事を紹介しながら、ポイントにある考え方の解説をしていこうと思います。

教育ではなぜか「断片な個人的体験」が重視される

まず中室先生は、教育の「成功者」の経験談を例に挙げます。

「印象的なのは「病気になったときに、長生きしているだけの老人に長寿の秘訣を聞きに行く人はいないのに、子どもの成績に悩む親は、子どもを全員東大に進学させた老婆の体験記を競って買う」という部分ですね。

子どもが東大に合格するのは、親の育て方にのみ依存するわけではありません。本人の努力はもとより、どんな友達がいたか、どんな塾に行ったか、どんな本を読んでいたか、ふだんの生活習慣はどうか……と、さまざまな要因に影響されているはずです。

それなのに、この手の断片的な個人の経験を売り物にした本では、あたかもお母さん1人の力で子どもを東大に入れたかのような誤解が生じます私は、現在の「日本の教育政策」にあるほとんどすべての問題点が、この1つのパラグラフで言い尽くされている。そう感じたのです。

もちろん、「子育てに成功したお母さんの話を聞きたい」という欲求自体に問題があるわけではありません。問題は、そういった断片的な個人の体験は、決して一般化できるものではない、ということがあまりにも理解されていないように思えるのです。実際、教育政策に関する有識者会議の議事録をみても、「私の経験では……」と発言する人が後を絶ちません。

中室先生は「識者とはいえ、その人たちの個人的な教育体験がどこまで一般化できるか?それを明らかにしようと思うと、代表制のあるデータに基づく検証が必要です。ところが、それをせずに、「こうすればうまくいくはずだ」という個人の体験に基づく根拠のない期待が、政策決定に影響を与えているとすれば、これは非常に危険なことだと思います。」と喝破します。

シャインの教育事業責任者が、自身の子育てで一番困った(そして現在も困っている)ことが、まさにこの「断片な個人的体験」情報(しかも大量!)の海で迷ってしまうことです。

シャインは就学前児童むけ教育事業を考える中で、なぜママたちが混乱してしまうか、ということについて色々と分析しましたので、その一端をご紹介したいと思います。

子育てされる方みなさんもご経験があることだと思いますが、教育に限らず子育てにおいて、ママたちを混乱に陥れている理由は大きく分けて3つあると考えています。

  1. 核家族化の進展
  2. ネット情報の氾濫と世代間情報錯誤
  3. (特に教育は)失敗したくない意識が強く働く

1の核家族化の進展については親世代からの情報や支援が希薄になる問題もありますが、情報の入り口がTVやネットに結果的に偏るという側面も大きいと思います。

2のネット情報の氾濫については、特に近年はブログやSNS、掲示板等のいわゆる「Consumer Generated Media(CGM)」における記事(「User Created Content(UCC)」と呼ばれる)量の飛躍的な増大があります。ところがその情報の多くはまさに「断片な個人的体験」であり、科学的背景や統計の確からしさがほぼ無いものです。特に教育に関係する情報は「断片な個人的体験」に帰することが多いことを知っておく必要があります。

世代間情報錯誤というのは、我々の親が我々子供を育てた時代の環境(20、30年前)と現代とは大きく異なるので、昔の常識が通用しないケースが多くなってきているということです。インターネットによる情報検索などはまさに自分たちが子供の頃には無かったもので、今の子供たちはそれが当たり前にあることを前提とした世界を生きることになり、必然的に「常識」のギャップが生じます。

3の失敗したくない意識が強く働く、というのは、少子化により1人の子供にかける時間が前より伸びていることと、時代の不確実性がかなり高い(=先が読みづらい)ということに起因します。つまり準備を早くしたいという意識が親にはより高まっていると言えるでしょう。

シャインは数々の調査や研究成果などを統合した、

  • 子育てママを混乱させることのないサービス

の実現を目標に事業を組み立ててまいります。

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